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舵取りと感情論

2010年06月10日 12:23

最近、イラっとしたり
誰かや何かに感心したり
するとき


オレはこんな風に想うのか


自分の感情を
客観視していることに
客観的に気づきます。


そうしているうちに

今のところ
辿り着いた
思考のひとつとして


批判精神のようなものは

残念ながら

100%、おのれさんへ
向けていること
なんだなぁ、と。


さらに
これはもう
残念なことですが

それらの多くは

気づいたら
なるべく
自分の心のうちの
出来上がりを
デフラグしろ、
という

指令装置が
備わっているのでは
ないか、と
思うのです。


そして
・次回に持ち越す
・サシで語り合う

この選択のどちらかに
似たものを
実行するかで

自分自身が
現在よりも
生きやすくなるか?

に、
影響をオヨボス。


また
「次回に持ち越す」
ことを、いわゆる
‘逃避’だと
考えないことが
ミソで

どちらが正しい!
という前提で行うと
この作業は
ブレてしまいがちです。

ブレると
なにかと面倒です。


また、ときに

「こいつのここはダメだろう」
というような

圧倒的なイヤな奴と
関わったときなどは

自分のハートに住む
中世・スペイン人宣教師が
(↑偏見を踏まえた比喩)

「自分はこういう人に
ならないようにしようYO!」


反面先生として
啓蒙をしはじめます。


そんな先生方は
大抵、最もなことを言い
なにかと頼りになる
ものですから

「いいこと言うよね、あの先生
ワタシ好きかも」
と、ついつい
彼のゼミに入ってしまいがち。


しかし、
反面教師は宣教師。

いっしょに鉄砲を
伝来する
可能性があります。


ココロのなかの
信長が、ついつい
買ってしまうかも。

または
教会(ゼミ)のしがらみにより

白人とペアになって
ヘルメットをかぶり
チャリに乗って、カタコト
「エイゴ、ナライマセンカ?」

街を廻らなくては
ならなくなるかも。

やはり
いずれにしても
注意が必要です。


話しがやや
逸れましたが


大切なことは
感情というのは

ジブンという
一隻の船の
舵取り役であって
船長ではない
と、いうこと。


頼りにはするが、
決めるのは
あくまで
ひとのこころ
です。


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